『いのちの食べ方』
|説明がないから考える 考える
『いのちの食べ方』2回目の観賞。
私、ホラー映画(SAWとか)の、怖がらせる目的の映像というか、現実にはあり得ないような残虐なシーンがとても苦手で・・。だからリアルな映像のみで構成されたこの映画では、作中に出てくる動物のと殺シーンを見ても、そんなに苦手だなぁという感覚はありませんでした。
しかし、今回は別の意味で食欲がなくなったので(笑)記していきます。。
『いのちの食べ方』は、私の苦手なホラー映画の対局にある映画なのかも。
余計な情報を入れずに、淡々と現実的な動画の長回し。間には働いている人たちの食事の様子が。
生き物としての労働と、生き物としての食事。人間の私たちは生態系の頂点に立っていると勘違いしがちだけど、知性とか文明だけで価値が変わるわけでもなく。
人間以外の動物たちも、命の価値は同じだと思う。他の動物にも生業(狩りとか)があって、食事があるのだから。この映像がとても意味のあるものだと思えます。
この映画を見て興味を抱いたのは、他の生き物の命をいただいている、ということではなく、むしろそこで働いている人々の姿でした。こういう仕事を担う人たちがいるからこそ、消費者に製品として出回るということ。なおかつ、私たちはそれを選べるということ。。
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この映画を見て興味を抱いたのは、他の生き物の命をいただいている、ということではなく、むしろそこで働いている人々の姿でした。こういう仕事を担う人たちがいるからこそ、消費者に製品として出回るということ。なおかつ、私たちはそれを選べるということ。。
魚をさばいてる映像にはなんの抵抗もないのに、苦しんでいる声が聴こえるからなのかな。
豚や牛のと殺シーンはやはりちょっとツライ。不思議ですよね。一連の作業が、機械化されていることにも。考えれば当たり前のことなんだけど、このペースじゃなきゃ処理しきれないんだなーっていう。
食べさせてもらってる生き物の量がこうしてどんどん減っていっているんだなぁ、とか。淡々と進んでいくから、余計に哀愁が漂う・・。
よく、ベジタリアンになった人の動機として、動物をと殺するところを見て‥とか、生き物の命を奪うことに抵抗があるとか、理由は様々だと思うんですけど、そういう意見を見聞きします。
私個人は、生き物の命をもらっているから、動物の肉を食べるっていうことはこういうことだよな、と思っていました。・・でも、映像の中に出てくる、人口受精によって無理やり動物に子どもをはらませる場面には抵抗がありました。
あと、ひまわり畑を一瞬で枯らしてしまう場面も。なんだか胸が痛む。
|分かっていたつもり
よく、ベジタリアンになった人の動機として、動物をと殺するところを見て‥とか、生き物の命を奪うことに抵抗があるとか、理由は様々だと思うんですけど、そういう意見を見聞きします。
私個人は、生き物の命をもらっているから、動物の肉を食べるっていうことはこういうことだよな、と思っていました。・・でも、映像の中に出てくる、人口受精によって無理やり動物に子どもをはらませる場面には抵抗がありました。
あと、ひまわり畑を一瞬で枯らしてしまう場面も。なんだか胸が痛む。
これ、実際に行われていることなんだよね‥と。全てが人工的で、効率的で。なんだか悲しくなった。自分の中で、何の答えも出ない。生命の誕生に、こんなに人間が踏み入っていいのか?って。
映像は単純明快で説明要らず。映像そのものの構図が美しく、ただ事実だけを刻々と映しています。
これだけシンプルに仕上げるのは欲望との戦いかも。説明がないと分かりづらい部分も多少はあって、余計な情報を入れたくなってしまうだろうし、意外と難しいんじゃないかな。でも、監督は貫き通してますよね。
人間の勝手って、どこまでが自然なことの範囲なのか考えさせられる映画です。
淡々としてて多少は退屈かも。でも、それは演出じゃなくて、実際の空気そのもの、だということだと思います。
ー2014/07/25 20:38


